2005年06月09日

ムチャを言う客

「そうねぇ、大型スクリーンっていうの?30インチ以上は欲しいわよねぇ。
もちろん液晶で、薄型よねぇ。分厚いテレビなんて今どき、ほとんど売れてないんでしょう。
それから同時に裏番組が見れる機能なんかも、あればあったで便利かもしれないわねぇ。
本当はね、プラズマが欲しいんだけど、そこまでになると随分お高いんでしょう?」
「それでお客様、ご予算はどのくらいを?」
「ええ、2万円以内で」
電気屋の店員さん「けえれ、けえれ、おまえなんか客でもなんでもねえ」と言いたくなるでしょうね。

「すいません、コーヒーメーカーはどちらに置いてあるんですの?」
「お客様、当店は100円ショップですので、そういった商品は取り扱ってないんですよ」
「あら、置いてないの?品揃えの悪い店ねぇ」
こんな客がいたら、とびかかりたくなるでしょうね。

どうなんでしょう。言ってる本人は“正当なこと”と思ってしゃべっているのでしょうか。
一般的に、そんなムチャな、ということが本人には理解できていないんでしょうか。
確かに“思い込み”や“勘違い”というケースもあるでしょうから、あまりひどくは言えませんけれど。
「お客さん、今日は安くしとくよ。4本で100円でいいよ」
「あら、じゃあいただくわ。でも、6本くらいオマケしてくれるんでしょう」
こういう人は疑う余地がありません。「あんた、何言ってるの?」という感じです。

前に務めていた会社で、私もムチャなことを聞かれたことがあります。
11月の初めころ、電話で「12月27日にそちらに行くんだけれど、その日の積雪はなんセンチ?」
思わず「はぁ〜?」です。電話の相手は「なんだよ、そんなことも答えられないのかよ」
頭にきた私は「181cmです。はい、181cmでございます」きっぱり言い切って差し上げました。
こういう人に限って「あなた、お名前は?」(本当によくいますよね、こういう人)
名前を聞いてどうしようっていうのか、何を、担保にでも取ったつもりなんでしょうか。
とはいえ、小心者の私は内心で、それからの2ケ月あまり、ハラハラドキドキでした。
結果は確か190cmくらいだったと思います。いわば、私の勝ちです。
「なんだよ、9cmもオーバーしたじゃねぇか」とは言ってきませんでした。

まぁ、“お客様は神様です”と、おもてなしをする側が言う前に、
お客様は自分のことを神様だと“思い込み”や“勘違い”をされているようですので、
是非、大人の対応を。
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2005年06月10日

毎日飲んでいる薬は?

元来、薬は飲む方ではありません。たまに飲むのは正露丸とガスピタンくらいです。

3年ほど前、健康診断の時に悩んだことがあります。
健康診断には問診という医師と1対1の面談があり、
医師から尋ねられる項目に「毎日飲んでいるお薬はありますか」というのが必ずあります。
毎年、「いいえ」と答えておけば良かったのですが、この時は、
自分の親父がよく飲んでいるのを真似て整腸薬の『わかもと』を飲んでいたのです。
それも、ただの『わかもと』ではなく『強力わかもと』でした。
(親父は確か普通の『わかもと』だったのですが、普通と強力の2種類があるのか、それとも
新製品の“強力”に“普通”が統一されたのかは分かりません。って、どうでもいいことですよね)
健康診断の実施日の少し前、医師から聞かれた時に、これって答えないといけないのかなぁ。
考え始めてしまったのです。

「何か毎日飲んでいるお薬はありますか」
「はい。整腸薬の『わかもと』です」
「そうですか『わかもと』ですか。それは“強力”では、ないんですね」
「あっ、いいえ。おっしゃるとおり『強力わかもと』です」
「だめですよ、最初からちゃんと正直に答えてくれないと。問診の意味がないじゃないですか」
医師に叱られる光景を想像してしまうのです。

かと言って、もう一つ考えられるパターンがあり
「何か毎日飲んでいるお薬はありますか」
「はい。整腸薬の『強力わかもと』を飲んでいます」
「ワハハハハ、いいんですよ別に。“強力”とか“スーパー”とか“パワー倍増”とか付けなくても
整腸薬の『わかもと』で分かりますから。ブハハハハ」
失笑されるパターン。

結局、どうしたかっていうと、飲むのをやめちゃいました。
飲むのをやめちゃえば、飲んでいる薬はないんですから、言う必要はありません。
健康診断終了後も、復活することなく、あれ以来飲まなくなっちゃいました。
わかもと製薬さん、消費者にはこんな感じで飲むのをやめちゃう人もいるんです。
他の製薬会社さんにおいても、ネーミングには気を遣った方がいいと思います。
(今、気が付いたんですが、『整腸薬を』とだけ答えておけば良かったのかもしれません)


昔、こんなネーミングの薬がありました。風邪薬だったと記憶しているのですが『ジキナオール』
ネーミングからして、じきに良くなるよ、そのうち直るさ、と謳っているのです。
風邪程度なら薬を飲まずに、放っておいても直るような気がするのですが。
要は気休めに飲んでおけば?なのかも。でも謙虚な姿勢が感じられて、この会社、私は好きです。
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2005年06月13日

不動産屋さんの集い

先週、わけあって『福島県内の不動産業者の集い』みたいな講習会に行ってまいりました。
講習を受けに来ている方の多くは、現在、不動産業に携わっている方がほとんどです。

しかし、不動産屋さんは、見た目からイメージアップを考えないとダメですね。
いかにも“ワシ、不動産屋だから”という強烈なアピールが鼻につきます。
縦じまの入ったスーツ、色物の柄シャツ、日焼けした顔、もみあげは長いし、整髪料付けすぎだし。
ゴルフにでも行ってきて、そのまま、この会場に来たのかなぁ、そういう人もいました。
それこそ、向かうところ敵なしの頃のジャンボ尾崎さんみたいなファッションです。
松方弘樹さん、ジャケット姿の北島三郎さん、故人のはずのポール牧さん、多く見かけました。

サラ金業者だって♪忘れな〜い〜で、お金よ〜りも、大切なものがある。
忘れな〜い〜で、あなたよ〜りも、大切なものはない♪何を言いたいのか知りませんが、
ともかく後ろ暗いイメージをなんとか変えようと、頑張っているじゃないですか。

不動産屋さんの皆様も、もう少し、明るく、健全で、良心的な、イメージを浸透させてください。
悲しいかな、不動産屋さんって聞くと、何故か胡散臭さを感じてしまう方が多いと思うのです。
不動産屋さんに入る時って“飛んで火に入る夏の虫”みたいな気持ちにさせられます。
「はい、捕まえた。もう逃がさないからね」みたいな。
だからこちらは「絶対に騙されないぞ」とハナから身構えてしまうのです。
いわれのないイメージと言うのならば、払拭できるように頑張ってください。
改めて言いますが、せめてもう少し服装や髪型をなんとかした方が。

最後に、学習してきたこと。ハウスクリーニング(現状回復義務)の情報をお伝えします。
引っ越しを予定されている方は是非、参考まで。
最近の裁判では「月々の家賃の中にハウスクリーニング代も含まれている」と解釈されています。
だから常識的な部屋の使い方であれば、たたみの色褪せや、冷蔵庫の裏の電気焼けした壁や、
壁の画鋲やピンの穴は、借りた人が修繕費用を出す必要はないそうです。
でもカレンダーを五寸釘で壁に打ち付けたりとか、フローリングの部屋に掘ごたつを作ったとりとか、
また、日常的な掃除を全くしなかった等の原因による汚れやキズは借りた人の責任となります。
ハウスクリーニングは、あくまでも大家さんが次に入ってくる者に、部屋を良く見せたいという
商売的な観点に拠るものですので、出て行く者が、そこまで負担する必要はないということです。

背中がかゆい時に、柱に背中を押し付け「カイ〜の、カイ〜の」をやっている私の行為は?
柱の、あの異様なツヤ光と染み込んだ体臭は、常識的な範疇に入るのだろうか。
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2005年06月14日

職業安定所

失業の身となり、初めて職業安定所に行ってまいりました。
若い方から年配の方、それこそ老若男女、腰掛ける椅子が足りないほどの盛況ぶりです。
そんな中に、浩宮皇太子殿下に似ている人を見かけました。
まじまじ見るのも失礼ですので、確認はしませんでしたが、おそらく本人ではないと思います。
何故なら、ここは千代田区の職安ではなく、会津若松市の職安だからです。

私は『初めて来られた方』ですので、まずは総合案内の受付です。
受付嬢から「初めての方ですね。働く気はありますか?」
のっけから、えぐい質問です。私、思わず咳き込みながらも「はい、もちろん」

国の厳しい財政の関係上、どの公的保険も、給付内容、給付条件は厳しくなっています。
雇用保険についても同様で、『働く気のない人には失業手当を払わない』
そんな厳しい方針が厚生労働省から発表され、各地方の職業安定所に通達されたそうです。
だから職安の職員は、まず『働く気』の有る無しを(建前が殆どと思いますが)、確認するのです。
うちの職安は、こうやって厳しくチェックしていますからね、と実績を作らなければならないのです。
受付嬢も、どことなく“ごめんなさいね、こんなくだらない質問しちゃって。答えるのもイヤでしょう?”
そんな雰囲気が漂っていたので、許してあげることにしました。

ところで失業手当を貰うためには、認定日というものがあって、必ず顔を出さなくてはなりません。
昔は認定日に顔を出すだけで良かったと聞いていましたが、今は、だいぶ厳しくなっています。
4週間ごとの認定日はもちろん、その認定日の間に最低2回は職安に顔を出しなさい。
一所懸命に職を探していますと、あなた達もアピールしてもらわないと困ると言うのです。
じゃないと失業手当を払っちゃダメと国から言われているらしいのです。
求職活動も同様、個人で新聞やインターネットを見て職を探すなどは、形として見えないのでダメ。
でも職安に来て、職安のパソコンを使った職探しなら、来たことを証明してあげられる。
そうすれば、ウチの職安としても、この人一所懸命に職を探しているって国に証明できる。
だから、ともかく、足しげく通いなさい。ということらしいのです。(こんな説明はありませんでしたが)

さほど、忙しい身でもないので言われた通りにしますが、でも駐車場が狭すぎるんですよね。
駐車スペースが少ないので苦労する、これも聞いていましたが、50台分くらいしかありませんでした。
今日だって、出る車待ち状態です。1台出たら1台入れる、昔の福島競馬場の駐車場みたいです。
駐車スペースは昔と変わらず。そんな中で失業者が増えて、各自の通う回数が増やされる。
どう考えても、『働く気』のアピールを強制するには無理があるように思えるのですが。
こんな茶番って、何か効果があるのでしょうか。互いに無駄のような気がしてなりません。

職安の職員の方は、皆さん、親切で優しい方ばかりでした。
だからなおさら、国の方針が現場から離れ、浮いてしまっているような気がしてならないのです。
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2005年06月15日

ダメだ、こりゃ

仕事でも勉強でも同じですが、この後に別の用事が控えていたりすると、
「どうせ、集中力が高まった頃に中断しなければならないのだから」
と、今やらなければならない仕事や勉強に手をつけようとしない。
じゃあ、後に何も予定がなく、じっくりと仕事なり勉強なりが出来るはずの時はというと
「まだ時間はたっぷりあるんだから、何も、そう焦らなくたって」
と、これまた手をつけない。
こういう、どうしようもない人間が皆様の周りにもいると思います。

私は自慢じゃ、ありませんが中学生の頃からそうでした。
明日できることは、決して今日やらない。誰に教わるわけでもなく、そうしていました。
中間テストや期末テストは決まって一夜漬けの徹夜勉強。
“やらない”と言うと、何か強い意思を感じさせますが、やろうと思っても出来ないだけのことです。

実は一念発起、この失業期間中に資格でも取ってやろうと思っていたのですが、
4月は、「今から始めれば何とか間に合うかもしれない」比較的、真剣な顔つきながらも
思ったとおり(半ば予定通り)、ズルズル、ダラダラ、日々が過ぎていきました。
5月になると、そんな自分を、自分で見かねて、自問自答を繰り返すようになってきました。
自問自答。文字通り自分で質問して、自分で答えるわけです。
「ねぇ、いつになったら勉強を始めようか」
「そうだなぁ、明日から始める?それとも来週?来月からでいいか」
残念ながら、そうだね、そうしようか、と自分に対し納得してしまうのです(気が合うんです)。

まぁ、いつから始めようが、要は仕事でも勉強でも目的、目標を達成すればいいわけです。
「この仕事、来週の初めまでに仕上げておかないとまずいんだぞ」と上司なり同僚なりを
やきもきさせ、その度に「大丈夫、ちゃんとやるから」のナマ返事ばかりだったとしても
どうあれ、きっちりと期日、時間までに成し遂げればいいわけです。
それはそれで凄いことで、ちょっぴりカッコイイかなぁ、なんて思ってしまうわけです。

さて、6月です。それももう半ばです。
さすがのグータラな私も、こうして机に向かい勉強を始めたわけですが。
やって初めて、これから、やらなければならないことの量や範囲を知ることになります。
「こんな広範囲の内容を、試験までの残り2ケ月間で出来るわけがないじゃん。
惜しいよなぁ、4月から始めていれば、出来ないこともなかったような気がするんだけどなぁ」
そんな自分自身に、ダメだこりゃ。
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2005年06月16日

磐梯町駅

磐梯町にある会社に勤めていたころの話です。

「わざわざ電車で来ていただくなくても。それに良い返事ができるかどうかも分かりませんので」
「いえ、結構です。それが営業の仕事ですので、是非お邪魔させてください」
どうしても東京から辺鄙な、この地にある、この会社まで訪ねて来たいと言うのです。
どうせ、上司から「営業マンが机にかじりついていて、どうするんだ」とでも言われたんでしょう。
こっちが、これだけ言っても「来たい」というのなら断る理由もありません。

「一番近い駅はどこですか?どこの駅で降りれば、いいんでしょうか」
「それだったら、磐梯町駅で降りてください。私、迎えに行きますので」
「すいません、恐縮です」
恐縮されても、それしか手段がないのである。
「ただ、こっちの予定が長引いて、迎えに行く時間が遅れそうになったら携帯に連絡を入れますので、
申し訳ないんですが、商店街かどこかで時間を潰していただけますか」
「分かりました。そうですね、商店街でお土産でも選んで時間を潰すことにします」
営業に来て、お土産もないもんだと思いましたが、そこは先方の気遣いからの言葉でしょう。
ちなみに磐梯町駅の改札を出ると、そこにはお店が一軒あるだけです。
商店“街”なんてものは駅前にはありません。冗談を言ったつもりだったのですが、
何も知らない相手が、冗談だと分かるはずもありません。
その駅前にある唯一のお店に、私は入ったことがないので、何を売っているのか知りません。
だから、もし実際にお土産を買うとなると、どうなんでしょう。
軍手、竹ぼうき、荒縄あたりなら、売っていそうな気がします。
「それで、磐梯町駅は、なに口から降りればいいんですか?」
「なに口?」
「ええ、八重洲口とか丸ノ内北口とか西口とかの出口ですが。改札はなに口から出れば?」
「えっ?どこの駅のことを言ってるんですか。磐梯町駅で降りるんですよ」
「・・・はい、分かってますけれど」
「難しいことは一切考えないで、ともかく改札を出てください」
「迎えに来ていただくのもなんですし、なんならタクシーで行きますよ。経費で落ちますので」
「たぶんタクシーは止まってませんよ。電話で呼べば来るかもしれませんけれど」
「じゃあ、そちらまで行くバスとかはあるんですか?」
「バスなんか、駅の前まで入れませんって。入ったら、バックでそのまま出てくるはめになります」
「・・・そうなんですか」
「ええ、そうなんです。ちなみにごめんなさい、商店街の話は冗談でした。商店街はありません。
ともかく駅を出たら、そこで待っていてください。クマに襲われないように気をつけてくださいね」

しかし、これが同じ時代に生きる日本人同士の会話なんですから、なんとも。
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2005年06月17日

努力の報い

小学校の学年行事
“自分達が住む町を綺麗にしよう!リサイクルの輪を広めよう!”
子供達は各自、拾ったゴミを分類するため、何枚かのゴミ袋を持って、ゴミ拾いに出かけました。
「これは燃えるゴミだよね。これは燃えるのかな、燃えないのかなぁ」
「緑のビンと透明のビンは、ちゃんと分けてねって先生が言ってたよ」
「マミちゃん、それねペットボトルだから、健一クンが持ってる袋に入れた方がいいよ」
「恵子先生、これはアルミ缶じゃなくて、スチール缶だよね」
「あっ、“プラ”って書いてあるから、これは別の袋に入れるんだよ」
「フタを外してから捨ててねって、先生が言ってたぞ」

これは燃えるゴミ、燃えないゴミ。燃えないゴミにもいろいろあって、
透明のビンに色つきのビン。スチール缶にアルミ缶。そしてプラスチック。
一生懸命に拾ったゴミを分類しながら、それぞれの袋に入れ分けています。

「はい、皆、今日はよく頑張ったね。ちゃんと先生の言ったことを良く守って
ほら、こ〜んなに、いろんな種類のゴミが集まったよ。
いいかなぁ、おうちに帰っても、皆で今日守った約束を思い出しながら、
お母さんやお父さんに聞きながら、ゴミはちゃんと分類して捨てましょうね」
子供達にとっては、とても有意義な1日でした。

子供達や先生が集まる中に、民間のゴミ業者さんの車が1台、収集にやってきました。
学校側があらかじめ業者さんに時間を指定して頼んでいたものと思われます。

子供達が見つめる中、ゴミ業者さんの人達は子供達が一生懸命に分類したゴミを、
収集車の後部に開かれているゴミの投入口に、手当たり次第、ポンポン投げ入れていきます。
燃えるゴミも、燃えないゴミも、緑のビンも、透明なビンも、スチール缶も、アルミ缶も。
ゴミの投入口は回転式になっていて、ゴミが一杯に溜まると、奥に送られていきます。
強い力でゴミはギュッ、ギュッ、押しつぶされ、とうとうゴミの入った袋は破裂し、
バラバラのグチャグチャになりながら、車の奥の方に吸い込まれていきます。

その様子を、じぃーっと見ている子供達。
何か違うんじゃないかなぁ、何かおかしいんじゃないかなぁ。
「先生、あの車の中で僕達の拾ってきたゴミは、どうやって分類されるの?」

自分で見たわけでも、人から聞いた話でもなく、全くの作り話なのですが、
似たような話が現実に起きていそうな気がします。
末端の者が努力しても、ムダにしてしまう。こっちは血の滲む思いで税金なりを納めているのに、
必要のない道路や空港を作ったり、一部の者しか利用できない保養施設を作ったり、
挙句のはてには公務員の退職金の上乗せ分になっちゃたりして。なんとかしてください。

それにしても、プラスチックのゴミの分類は大変です。置き場がありません。“プラ”だらけです。
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2005年06月20日

父さん組よ苺煮れや

題名を見て、こいつは何が言いたいんだろうと、思われたのではないでしょうか。
13.934%(父さん組よ)は厚生年金保険の一般保険料率です。
15.208%(苺煮れや)は同じ厚生年金の船員、坑内員の保険料率です。
諦めの悪い性格につき、8月の資格試験に向け、さりげなく勉強中です。
こうでもして覚えないと、こんなダラダラとした数字、頭に入るわけがありません。
どうせ、1年もたてば保険料率は変わるので、その場しのぎの、こんな暗記で充分なのです。

1192年、イイクニつくろう頼朝さん。よくやりましたね、こんな暗記の方法。
794年、ナクヨうぐいす平安京。何が鳴くんだか忘れて、思い出すのに苦労したことがあります。
でもこの場合、ナクヨ隣の奥さん平安京でも支障はなく、誰が泣こうと構いはしないのです。
この暗記方法は、確かに数字は覚えられるのですが、関連付けが難しいのです。
ナクヨと平安京だけはセットで覚えておかないと覚えた意味がなくなります。
ナクヨうぐいす・・・何故鳴くの、だと794年って一体何が起きた年だっけ、になってしまうのです。

ゴロ合わせは、昔から日常的によく使っています。例えば電話番号です。
随分と前の話ですが、東京に出張に行っていた上司から電話があり、
○○会社の渋谷営業所の電話番号を知っているかというのです。
聞いてきたわりには、公衆電話でメモを取ることが出来ないというので、
「大丈夫ですよ、覚えやすい電話番号ですから。よく聞いて覚えてくださいね」
「03-5042-7765。マルサン、ゴワヨニ、ナナムゴです。いいですか、覚えましたか?」
何度か繰り返し伝えました。
電話の向こうで上司は「マルサン、ゴワヨニ、ナナムゴ」ぶつぶつ、復唱しています。
「お疲れ様です」に対して返事もなく、電話を切る間際までひたすら「マルサン、ゴワヨニ、ナナムゴ」
自分にとっては便利な覚え方であっても、他人には迷惑、そういう事もあるのかもしれません。

果たして実際のところ、この私の誤魔化しみたいな覚え方が、どこまで通じるものやら。
父さん組は、なんだっけなぁ。確か何かを煮るんだよな、何を煮るんだったかなぁ。そうだ、苺だ。
ところでこの“父さん組よ苺煮れや”って、一体何を指しているんだ?
国民年金の第3号被保険者は“2号の奥さん”って覚えたけれど、で、誰の2号さんだ?
おそらく、こういうわけの分からない状態になると思うのです。
何でもかんでも、いじって、ひねって、覚えることに専念せず、
正攻法な、素直な覚えた方も取り入れなければな、と思う今日このごろでした。
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2005年06月21日

会津牛

会津牛。食べたことがありません。
ネットで少し調べてみたら、出荷頭数が非常に少なく、「幻の牛肉」と呼ばれているらしいです。
いわばツチノコみたいな扱いをされている、っていうことなんでしょうか。
販売は首都圏の一部のスーパーのみで、地元の会津には卸してないようです。
地元の人が食べられないなんて、おかしな話といいますか、なんだか寂し気持ちにさせられます。
自分の田畑で作った農作物を、自分で食べることが許されない北朝鮮の農家の気持ちが、
少しだけ分かったような気がします。(私自身は、汗も、努力も、何もしてないのですが)

牛の3大ブランド『松坂牛』『神戸牛』『近江牛』。全く親しみがわいてこない連中です。
あらためて、こうやって並べて見てみると、エラそうですよね。何をそんなに胸張ってんの?
って感じです。(親しみがわかないというより、私には、ゆがんだ憎しみがあるようです)
あんた達、おいしいんですってね。私は、知りませんけれど。
でも、この牛のブランドって、確か一定期間、例えば松坂エリアで飼育さえすれば
そのブランド名を使用できるらしいんです。
だから実際のところ、元をただせば、どこの牛だか分かったもんじゃありません。
「偉そうに芦屋のお嬢さんぶってるけど、親父は群馬出身だろう、お袋は佐賀だっていうじゃない」
そんな感じではないでしょうか。(群馬ならびに佐賀出身の方、大変に失礼いたしました)
だから、グラム1,000円の牛肉がおいしいとは限りません。
グラム380円の牛肉だって、よく噛めばおいしいんです。

話は変わりますが、BSE問題に“解決”というゴールはあるんでしょうか?
アメリカ産牛肉の輸入再開、吉野家の牛丼販売再開の目処は立っていません。
だいたいが牛骨粉なんてものを飼料として使うからいけないんです。
私、初めてこのニュースを聞いたとき「ひでぇことしやがるなぁ、本当なの?」悲しくなりました。
牛は、自分の仲間の砕かれた骨を食べさせられていたわけです。本当にひどい話です。
その事実を知った牛は「びっくりしたなぁモゥー」どころじゃありません。ただ涙、涙、涙です。
いつの戦争だって、捕虜の食事に、死んだ捕虜の骨を砕き、それを食べさせるなんて
そんな凄惨なことはなかったはずです。
仲間、同胞に対する冒涜。許されることではありません。牛も人間も一緒です。

会津牛の場合、出荷頭数が僅かということですので、行き届いた飼育がなされたと思います。
素性が分かっているだけに買うほうも安心です。
販売される時にラベルで貼られる生産地表示も細部に渡った公開ができるのではないでしょうか。
生産地:福島県大沼郡会津坂下町   生産者:○○△△   牛の名前:タカシ
「へぇ〜、“タカシ”って名前の牛なんだ。牛に名前があっても別に不思議じゃないよな」
「性格は“おっとりで頑固者”。あんまり機敏な牛っていないよな。頑固は会津の気質だから」
「おっ、“タカシ”の短い人生ミニフォトアルバム付きか。ここまで、やらなくても皆信用してるって。
おっ“タカシ”がニコニコ楽しそうに牧場を走っている姿だ。この頃が一番幸せだったんだろうな」
だんだん、食べてみたいという欲求が薄れ、涙が誘われてくることと思います。
そうです。“タカシ”も私達と同じ会津の土地で生活をしていた仲間だったのですから。
例え会津で販売されたとしても、気軽に、今日は“タカシ”でも食うか、そんな気にはなれません。

グラム380円くらいなら、話は別ですけれど。・・・結構、希少価値で高いんでしょう?ですよね。
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2005年06月22日

江角さん、元気?

最近、TVでとんと見かけないのが、“ショムニ”で人気女優となった江角マキコさん。
国民年金のCMで、『なんで、そこまで?』というくらいな叩き方をされました。
こんなことを想像で言うのもなんですが、大人と世間が“イヤ”になったと思います。
多感な年代の私には、その気持ちが良く分かります。グレたくもなります。引きこもりたくもなります。

国会に引きずり出せ!寄って集って。あれはもう完璧に大人の世界のイジメの構図でした。
未納三兄弟の出現で、“ジャン、ジャン”のありがちなオチで終わったような気がしますが、
江角さん的には、反省というよりも憤りの方が強く残ったはずです。
「てめえら、今、この場で同じセリフをもう一辺言ってみやがれ。地獄に叩き落とすぞ」
(勘違い。これは江角さんじゃなくて、ゴクセンの仲間由紀恵さんでした)

2004年度の国民年金保険料の納付率は63.6%。3人に1人は払っていない計算です。
江角さんは、こんな悲惨な状況の中であそこまで言われる筋合いのことではなかったわけです。
ちなみに、国民年金と同列で問題になっていた、議員さんの年金制度。
10年間払えば、老後に1年でナント412万円もの年金を受け取る事が出来る、お手盛りの制度です。
結局、収まった案は既得権を守りつつ、若手議員に負担をかける改正案を提出したまでです。
今、問題になっている若年層への負担をどうするか、
その答えを年寄り議員さんたちがあっさりと示したわけです。
「そんなもん、知らん。ワシの分さえ貰えれば、あとはオマエ達が良いように考えろ」
国がこれじゃあねぇ。社会保険庁があんなんじゃあねぇ。

きれい事を言う気はありませんが、自分が払った分を取り返そうだなんて発想は、
雇用保険だけにするべきです。(うわ〜、めちゃくちゃ都合の良い理論)
親が子供を育て、将来、子供が親の面倒を見る。当たり前のことです。
戦後、日本をここまで立ち直らせ、支えてきてくれたのが、今のお年寄りの方々です。
国を一つの家族だと考えた時、我々がお年寄りの方々の面倒を(という言い方は失礼ですが)
見るのは、人として当然のことではないのか、と思うのです。(まぁ、失業中の身で偉そうに)

だから江角さん。そうやって、いつまでもふてくされ、髪の毛を真っ赤に染め、
レディースのメンバーになって、第三京浜をバイクで爆走している状況ではないんです。
(すいません江角さん、全く私の勝手な想像です)
私も今、会津盆地の底をのたうち回って生きておりますが、必ずや社会復帰を果たします。
江角さんにおかれましては、私より、いち早く社会復帰をしていただき、
来たる、私の老齢年金の分を(今までの未納分も含め)納めていただきたいと思っております。
まぁまぁ、そんなに怒らないで。シャレですって。
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2005年06月23日

悲しい夢

なんの不安も焦りもなく、穏やかな失職生活を堪能している、と自分では思っていたのですが、
やはり心の奥底では、何かしらのストレスを抱えているみたいです。
自分自身、気がつかないフリをしているだけなのかもしれません。
「それが普通だって。あんまり、ゆったりと構えられていても困り者なんだよね」と
他人事のように自分を冷静に見つめる、脳天気な自分がいるのも確かです。

実は心のどこかに潜む、不安、焦り、ストレスを浮き彫りにするような夢を見てしまいました。

うだるような夏の陽射しの中、職安から一人、出てくる私。
「失業中なのに、なんだか腹へったなぁ」、食堂を探し店に入りました。
壁に張られたメニューをひと通り眺め、そして店の人に注文します。
「すいません、そこに書いてある定食をください」
「お客さん、定食はまだお出し出来ないんですよ。11時半からになるんです」
「定職をください」(明らかにその言葉は、意識の中で定食から定職に変わりました)
「だから定職は11時半からなんですよ。パートなんか、どうですか?」
「私に出す定職はないってことですか」
「いやいや、そうじゃなくて時間が早いんです。少したって、また来ていただけませんか」
「その時には、どうせ、もう定職は終わっちゃいましたって言うんでしょう」
「・・・・・・いやいや、それは、なんとも」
その時、若いお客さんが店に入ってきました。
「すいません定職ください」
「はいよ」

見た夢は、フロイトやユングに分析してもらうまでもなく、非常に分かりやすい内容です。
ちなみに、こんな夢を見た私に解説を求めるというのは、酷というものです。
あまりに明快すぎて、「きっと昨晩、夕飯をあまり食べなかったから、腹へって見たんだろう」
強がりも、話をはぐらかす余地もありません。もう、ただ、そのままの通りでございます。
怪獣に踏まれる夢を見たときの方が、どんなにマシだったことか。
なんで、こんな年になってまで、と少し照れる程度で済みましたから。尾を引きません。

まぁ、見ちまったもんは、今さらしょうがありません。
それはそれで真摯に受け止め、今後二度とこのような夢を見ることがないよう、精神修行を重ね
夕飯時においては自らの健康を維持、増進させるため、滋養のある物をよく咀嚼し・・・待てよ。
定食という言葉は古いんだって。今は普通、ランチって言うでしょう。ランチだって。
もし、また同じような夢を見たら「ランチください」って言えばいいだけのことじゃない。
解決、解決。めでたし、めでたし。
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2005年06月24日

究極

「めちゃくちゃつまらない冗談があるんだけど、言ってもいい?」「本当につまんないよ」
「前もって言っておくけど、絶対に笑えないからね」「つまらなさのあまりに怒りだすかもしれないよ」
ここまで前置きされて、言うのをやめられたら、もうヘビの生殺し状態です。
初めは、どうでも良かったのですが、段々と、どれだけつまらないのか興味津々になってきます。
「お願いだから、そのつまらない冗談、聞かせてください。お願いします」
人間の心理って不思議です。

「新しいラーメン屋、オープンしたの知ってる?」
「あぁ、なんか最近配られた、地元機関紙に宣伝が載ってたね」
「実はさ、昨日早速そこに行ってきたんだけど、ダメ。まずくて食えなかった」
「そうなの?今度行こうかなと思ってたんだけど、じゃあ俺、行くのやめた」
「麺は伸びきっていて、思いっきりすすると途中で切れちゃうんだ。
もう、コシも何もあったもんじゃないって。
しょうゆラーメンを頼んだんだけれど、スープはぬるいし、
おまけに、ダシなんて全然取ってないみたいで。
醤油そのもの。醤油をお湯で薄めただけみたいな、そんな味」
「嘘っ、そんなにひどいの?」
「ひどいなんてもんじゃないね。インスタントのチャルメラの方がよっぽどうまいって。
それにさ、1枚しかのってないチャーシュウが噛み切れないんだ。まるでゴム。
ノリだって、スープに浸かっちゃえば分かんないだろうと思っているらしいけれど、
完全にシケってるね。それに隣の人も同じ醤油ラーメンを頼んでたんだけど、
ドンブリの形や柄が違うんだ。信じられるか?」
「じゃあなんで、そんなひどいラーメン屋がわざわざ金を出して、宣伝するわけ?」
「そこの主人が言ってたよ。
“1回でも足を運んでもらって食べてもらえたら、クチコミで流行るはず”だってさ。
どこからそんな自信が湧いてくるんだか不思議でしょうがないよ」
「ねぇ、その話って本当なの?本当に、そんなにひどいラーメン屋なの?」
「本当だって。もう二度と行く気がしないね」
「・・・そうなんだ。・・・でも、なんだか俺、興味わいて来ちゃった。明日にでも行ってみようかなぁ」

おいしかろうと、まずかろうと、
究極というのは、それはそれで、きっとスゴイことに違いありません。
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2005年06月27日

お年寄りの交通事故

「あっぶねぇー。もう少しスピードが出ていたら、あの、おじいさんを完璧にひき殺してたよ」
車を運転していたら、自転車に乗ったおじいさんが、突然、民家の石塀の陰から出てきて
私の車の前を横ぎり、走り去って行ったのです。
おじいさんは、走っているこっちの車なんか全然、お構いなしです。
たぶんご本人、危なかったことさえも、気が付いていないのではないでしょうか。

失礼な話ですが、あのおじいちゃん、あんな危ない自転車の運転を今後も続けていたら、
いつか確実に死にます(もちろん老衰ではなく事故で、です)。
願わくば、その相手を務めるのは私でなく、どなたか他の方に・・・と身勝手ながら思ってしまいます。
ときに、ドライバーの方が不幸な事故っていうのもあると思うのです。

教習所で教わりました。死角になっている脇道から、または電信柱の陰から
「さて、今度は何が飛び出してくるのかなぁ、ドキドキしちゃうなぁ」そういう気持ちで運転しなさい。
そうは言われましたけど、でも時速50q制限の道で、脇道や電信柱があるたびに、
そろりそろり時速20qで通過するというのは、現実的な話、無理だと思うのです。

ドライバーとして、おごりは持っていないつもりです。いつだって、歩行者や自転車が優先です。
車は凶器なんですから、無防備な歩行者の安全を第一に考えなければなりません。
でも、その凶器を目がけ、体当たりして来るような人がいたら、どうすればいいんでしょうか。
大急ぎでギアをリアに切り替え、車をバックさせて逃げるしか手はありません。(冗談ですけど)
本人にそういった意思がないにしても、ほぼ自殺行為という状況もあると思うのです。

お年寄り同士の事故の多さが非常に目に付きます。
失礼な言い方ですが、咄嗟の判断力や反射神経が残り少なくなったお年寄り同士の事故は
運転する側も、歩行者側も、互いに充分な注意を心がけないと、状況は変わらないと思います。
もちろん年齢に関係なく、全ての方について言えることです。
車が止まってくれる、車がよけてくれる、安心しきって注意を払わないのも問題有りです。
事故は全て運転側が悪いという、安直な責任の振り分けのままだと、事故は減らない気がします。

テレビ番組「初めてのお使い」で
“道路を渡るときに、車が見えたら渡っちゃダメよ”というお母さんの言いつけを守って、
自分が渡ろうとする道ではなく、その道の遥か先にある、幹線道路を走る車を見て、
渡るのをやめてしまう子供がいました。
車が、あの子にとっての、ああいう存在になってはいけないなと思ってます。
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2005年06月28日

食べたいものを食べる

私、わっぱ飯というものを食べたことがありません。
非常に好き嫌いの多い私は、食べてみたいとさえ思わないのです。
会社に勤務していた頃、他県から来られたお客様から
「“わっぱめし”って有名ですよね、どんなものなのかしら」尋ねられたことがありました。
聞かれて答えられないのも恥ずかしいので、それなら、一度くらいは食べに行ってみようか、
残念ながら、そういう考えには至りませんでした。
「おいしいですよ、何ていうのか、こう、全体がわっぱなんですよ。色々なわっぱがありまして・・・」
わけの分からない説明でごまかした覚えがあります。

旅行とかに行ってもそうですが、せっかく、この地に来たんだから、
この地ならではの物を食べてみよう、という気持ちは起きません。
どこの場所に行ったって、その時の気分で、その時に食べたいものを食べるのです。
何もそこに行ったからって、そこの名物を食べなければならないって法はありません。
名古屋に行ったら、昼はキシメンと天むす、夜はミソかつ、翌朝は小倉トースト、
帰りがけの昼飯は駅の構内で味噌煮込みうどん、こんなのたまりません。イヤです。
カレーが食べたかったらカレーを食べるんです。

我々、小市民の唯一の贅沢は、値の張るものは無理だとしても、食べたいものを食べられる。
常々、そう思っています。メンチカツが食べたくなったら食べられる。
食べたいときに、好きな物を食べることができる。それはとても幸せなことだと思っています。
偉そうなことを言う気はさらさらありません。食べるものがない貧しい国の人もいます。
それに私自身、いつ、近い将来、路上生活の日が来ないとも言い切れないのです。
そう思うと、別に食べたいとも思わない物に、金を払ってまで食べる気は起きないのです。
後々、悔いが残らないように、自分の好きなカレー、ハンバーグ、スパゲッティ、メンチを
京都に行こうが、沖縄、北海道に行こうが、場所は一切関係なしに食いまくるのです。


ところで、わっぱ飯の説明を何もしなかったわけですが、他県から来られる警察関係の方で、
“わっぱ”を手錠と勘違いされていらっしゃる方はいらっしゃいませんか?
「こちら御飯です、お吸い物です、香の物です、そして、ご注文のワッパ(手錠)です」
いらっしゃいませんよね。余計なお世話で失礼しちゃいました。
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2005年06月29日

お察し致します。

何十年も続いてきた慣習で、周知の事実だったのに。
「なんで談合やめちゃうわけ?なんのために今まで、おいしい話を指をくわえて見ていたわけ?
次はウチの番だったでしょう。そりゃあないでしょう」
お気持ち、お察し致します。

猪瀬さん初め、追及の手は緩むことはありません。
「なによ、それ?そんなこと、どうでもいいから、私はどこに行けばいいのよ。
そうじゃなくて、私の天下り先はどこなんだよ。甘い汁が吸いたいんだよ、バカヤロー!」
お気持ち、お察し致します。

宮城の浅野県知事、宮城県警に対し、とうとう堪忍袋の緒が切れました。
「えっ、俺のまではいいことにしてよ。捜査上の秘密で押し通すから気にするなって言ってたじゃん。
だったら最初に言ってくれよ、特上の寿司なんか食べなかったよ」
お気持ち、お察し致します。

校長を民間から登用させて頂きます。
「なんで?なんなのこのタイミング。教頭の私はどうなるの?
今までの地べたを這いつくばる様な努力はどこへ行ってしまうのヨ。」
お気持ち、お察し致します。

市長が声高らかに、自らの奉給をカット。
「参ったなぁ、市長が給与30%カットだってヨ。自分はいいよなぁ副収入が一杯あるんだからサ。
助役の私はどうすりゃいいのヨ?やっぱり追従でカットしないとダメなわけ?」
お気持ち、お察し致します。

退職金の支給を大幅に縮減させて頂きます。
「な、なんでヨ。来年退職すんだよ、私は。
じゃあ、去年退職したアノ山田さんの退職金は一体なに?誰がみたってアノ金額は…。」
お気持ち、お察し致します。

まだまだ他にも、うなるほど一杯あるんでしょうね。こういうタイミングの問題って。

「お客さん申し訳ありません。のり唐弁当は今のお客さんで終わってしまったんですよ」
「いいんですよ、お気になさらないでください。またの機会に食べさせていただきますので」
私なんて、所詮こんなレベルです。
皆様におかれましては、私ごときが想像も出来ない、公にできない努力も多々あったでしょうに。
「今までの無意味な努力、本当に、ごくろう様でした。」
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2005年06月30日

“気体”か“固体”か

年のせいとは考えたくないのですが、果たして“気体”が出てくるのか“固体”が出てくるのか、
自分の判断に、やや自信が持てなくなってきています。
こういう時は確実に、トイレに行った方が無難というものです。

どうも私は、腸にガスが溜まりやすい体質みたいです。
子供の頃、家族から“屁ひり虫”と呼ばれていたくらいブッ、ブッ、オナラを連発していました。
大人になって、ある人から「あなたは私と同じで、腸の長さが一般の人の3倍はあるはず」
と言われたことがあります。なんで一目見て、私の腸の長さが分かったのかは知りませんが、
私とあの人は“一般の人”には該当せず、腸の長さが常人の3倍ある人間なんですって。
「そうなんですか」としか、その時の私には、答えようがありませんでした。
人より腸が長いと、偉いのか偉くないのか、何故、腸が長いとガスが溜まるのか、その関連性は?
その人は腸の長さを見分けるだけで、その関連性については、なんにも知りませんでした。

腹部膨満感、これは自分の体質の中で比較的、悩める問題の一つです。
旅行に行くときにはガスピタンは欠かせない薬となります。
観光地を巡っている途中で、お腹が張ってくると、気分の良いものではありません。
行く先々にトイレがあるわけでもなく、また、別に急を要するほどでもないので我慢するわけです。
トイレがあったにしても、ちょこちょこ通うのは、正直言ってなんか面倒ですし、イヤです。
こうなると、せっかくの旅行の楽しさも半減してしまいます。
食事をとるにしても、お酒を飲むにしても、どうしても気持ちに勢いがつきません。

トイレに行けば、たいていはスーッとガスだけで終わります。(“たいてい”の確率が怖いのです)
1回のガス抜きで、どうでしょうか、30分くらいは持ちます。
(※ガス抜きって、こういう意味?「お〜い皆、今日はちょっとガス抜きに行こうや」って、屁のこと?)
またしばらくたつと、徐々にお腹が張ってくるわけです。
だから、いちいちトイレに行かずに、お尻の片側を少し持ち上げてスーッとガス抜きができれば
それが一番手っ取り早くて、手間いらずなのです。(匂いは出たとこ勝負)

そうしてオナラが出て、お腹が引っ込めば気分も楽になり、爽快になれるのですが、
「ちょっと待てよ。今から出てくるのは“気体”か“固体”か?」
判断が難しい時は、一つの大きな賭けになってしまいます。
それは今まで生きてきた自分の尊厳をかけた大きな、一つの賭けになります。
もしハズレてしまったら、私、本人を含め、周りも収拾がつかない状況になると思うのです。
やはり、こういった賭けをするには、まだ年齢が早いかな、と自分で判断します。
せめて70歳すぎたら、イチかバチか、賭けに出てみようかなぁ、なんて。
別に、ハズレたって構うもんか。
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2005年07月01日

名も知らぬ人を呼ぶ時

災害時に駆けつけたレスキュー隊が、瀕死の状態の相手に呼びかけています。
「だんなさん、だんなさん。大丈夫ですか?今、助けますから、もう少し頑張ってください」
“だんなさん”で、ある。
相手は声を出すのも辛い状況ですし、名前を聞くより、まずは救助。当然だと思います。
こういった場合、被災者の生死の確認あるいは励ますための呼びかけは
だんなさん、奥さん、娘さん、ボク、お嬢ちゃん、当たりなんでしょうか。
結婚していようが、いまいが、ある程度の年齢は奥さんで、問題ないと思います。

じゃあ、若い男性に対しては、なんて呼びかけるのでしょう。
「青年、大丈夫か?」なんかおかしいです。若者と言うのもおかしいし、
若い女性が娘さんでも違和感はないのですが、対して息子さんとなると、やっぱりおかしい。
考えていて、一番妥当なところでは“お兄さん”あたりでしょうか。
でも、深夜の新大久保あたりで、不法滞在の外国人に呼びかけられているみたいで、ちょっと・・・。
きっと相手が、若い男性だった場合には、呼びかけないという決まりがあるのだと思います。

街中を歩いていて、後ろにいた若い娘から「おばさん、ハンカチ落ちましたよ」
そう言われてムッとし、礼も言わずに「フン!」の一言を残し、去って行く女性。
こういった場合、若い娘に非はないと思います。「奥さん、ハンカチが」はおかしいです。
強いて言うなら、便利な言葉“すいません、すいません”で呼びかけるか、
昔風に「もーし、もーし。前行く、そこの方」ぐらいでしょうか。
でもまぁ、きっと後ろから“おばさん”って呼ばれて、すぐに“あら、私のことに違いないわ”と
立ち止まり、振り返ったことと思われます。だから、やっぱり若い娘は正解なのです。

レスキュー隊は、年齢とか、何て呼ぼうかなぁ、なんて考えている暇はありません。
ともかく先ずは話しかけて、助けに来たことを知らせ、励まさなければなりません。
「さっき私に呼びかけていた人はアンタね。なによ、“おばあちゃん、大丈夫ですか”って。
本当に、失礼な人だわよねぇ。アンタ、私をいくつだと思ってんの?
いくつだと思って、おばあちゃん呼ばわりしたわけ?言ってごらんなさいよ。
ほら、いくつだと思ったのよ?正直に言いなさいよ!」
正直なところ“こんなヤツ、助けなければ良かった”なんて思ったこともあるんじゃないでしょうか。
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2005年07月04日

動かざること山の如し

『動かざること山の如し』というよりも
『動かざること、塩をふられたナメクジの如し』 はい、私のことです。
めっきり動きません。外出しておりません。たまに車で買い物に行かせられる程度です。
日常的には新聞を1階に取りにいくのと、そのついでにゴミを出しに行かせられる程度です。

体を動かさない生活自体は、会社にいた頃から訓練をしていたので、さほど苦痛には感じません。
会社の中で一番動かなかった、歩かなかったのは、私だったと思います。
もし在籍中に「社内、動かないランキング゙」をやっていたら、ぶっちぎりの一番だったことでしょう。
異論を唱える人はいないはずです(バカバカしくて張り合う気もおきないと思いますが)。

肝臓でも患って長期入院したと、前向きに考えれば、動かないことなんてヘッチャラです。
今後、職安に通うのもリハビリ感覚で通えば一石二鳥というもんです。
ただ、動かないからブクブク太るのかなぁと思っていたのですが、
逆に4s近く体重が減ってしまいました。
正直、太る心配は免れたにしても体重が減ったとなると、太るより減った今の方が心配です。
日光を浴びていないので、体がしぼんじゃったのかも、なんてバカなことまで考えてしまいます。

基本的に動かないから、お腹が空かない。だから食べない。
それならば、動かないでお腹が空くような方法は何かないだろうか。
やはりこういう発想に目が向いてしまうところに、根本的な問題があるような気がします。
毎日ジョギングでもしようか、と書いてみても、ハナからやるわけがない自分を知ってますし。

ここは痩せた原因を『日光を浴びていないから』ということに絞り込み、対策を考えたいと思います。
きっと、光合成が必要なんです。これをやれば新陳代謝が活発になりお腹が空くはずです。
いきなり日光を浴びせるのは、体がビックリして酷だと思いますので、カゲ干しから始め、
徐々に陽にあたる習慣をつけていこうと考えてます。
なんか最近、自分の体がカビ臭いな、と思っていたのですが、これも同時に解決することでしょう。
今より、更に3s減ったら、いよいよ運動を始めざるを得ないか、と覚悟をするのですが
それより先に、病院に行った方が良いんだろうな。(肝臓が原因で長期入院になったら、どうしよう)
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2005年07月07日

諦メマセン負ケルマデハ

昨日と一昨日は、一日中お腹が痛くて、のたうち回り、パソコンの電源はOFFのままでした。

話は変わりますが“平気でしらじらしい嘘をつく”これは私の性格です。
また“粘り強い”、“最後まで諦めない”というと聞こえが良いのですが、
自分の場合“諦めが悪い”、“しつこい”といった性格もあるのだと思います。
まぁ、その時々の感情や状況によって多少、便利に変わることもあるのですが。
だから、あっさりと諦めちゃう時もあれば、“諦めが悪い”ときもあるわけです。

何が言いたいのかというと、8/28は資格試験の受験日です。
ここにきて、“コノヤロー見てろよ”精神が芽生えてきまして、勉強をしています。

受ける前から言い訳がましいのですが、3ケ月弱の勉強で受かるような試験ではなく、
来年の8月を見据え、どんな雰囲気か、試験慣れ程度に受けてみよう、で申し込んだわけです。
試験範囲を全てやるための時間がないのは承知の上でしたから、特定の範囲を一所懸命にやり、
試験を受け、やった範囲だけでも正解することが出来れば、
やれば出来るじゃない、という来年に向けての自信を掴めるのかもしれない、とも考えてました。
そうは言いつつも、正直言って、本人の気持ちは「あわ良くば」の気持ちもあるわけです。
ここにきて、試験範囲の半分も終わっていないのに、めちゃくちゃ都合の良い「あわ良くば」です。
「自分がやった所だけ、うまい具合に問題が出てきたらどうなんだろう」そう考え始めるのです。
「自分がまだ終わっていない科目から出題されなければ」という照れるような条件付です。
(私は、こういう都合の良い考え方ができる自分が大好きです)
父さん組みよ(13.934)、苺煮れ(15.208)に関連する問題が20問くらい出題されれば・・・。

ともかく、「やらないではいられない」といった気持ちで今、いっぱいです。
諦めの悪い性格はもとより、出来るだけのことはヤル、そういう自分に拍手です。立派、立派。
「やってみないと、分からないじゃん」そういった自分本位な、客観的な可能性を全く無視して、
脳天気にもヤル気を持続することが出来ているわけです。

ということで、8/28までの間、更新しませんとは言いません。
“やっぱ、やるだけ無駄だ”と、大ミエをきった割りに、あっさりとくつがえせるのも自分です。
そこで当面、かつて地元の情報誌に掲載した文章を適当に直して、この場をしのごうと考えます。
地元の方で、ご覧になった方もいるかと思うのですが、どうせ覚えているはずがありません。
週3回くらいのペースで更新していきたいと思ってます。
また、気まぐれに思いついたことを書き綴る日もあるかもしれませんので、
良ろしかったら、たまにでも覗いてみてください。
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2005年07月08日

床屋代の節約

別に失業中だからといって卑屈になる必要はありません。(誰に諭してるんだ?)
でも、これを機会に節約を試みようと思っています。
回転寿司に行ったら、『かんぴょう巻以外は一切食べないぞ』くらいの覚悟は必要です。

床屋に行ってきました。今まで行っていた床屋は散髪料3,800円。
今日、初めて行ったところは、なんと半分以下の1,500円。
安い店があることは、人から聞いて知っていました。
今なら、例え、安さゆえのザンギリ頭になったところで、会社に行くわけでもないし、まぁいいかと
行ってみたわけです。
ちなみに、いつもの床屋に行くと、毎回必ず、“どうですか、お仕事の方はお忙しいんでしょう?”
聞いてくる店の人は、本心聞きたくたくもないだろうに、会話のネタとばかりに聞いてくるのです。
その返事をするのもかったるく、それなら新しい床屋に行こうと、なったのも理由の一つです。

安い床屋さんは、非常にスピーディです。20分くらいで散髪終了しました。
値段が安いので、お客の注文なんて聞かずに始めちゃうんだろうな、お店任せなんだろうな、と
思っていたのですが、ところが「長さはどれくらいに?」ちゃんと聞いてくれたのです。
私は、いつも通りに「4ケ月間、床屋に行かなくても済むように切ってください」と答えました。
それにしても、4ケ月間伸び放題だった髪を、バッサバッサ躊躇なくすごい早さでカットしていきます。
カット、髭剃り、鼻毛処理、襟足の調整、全体のマトメ、担当者が次々に変わっていくシステムです。
無駄な会話、お客とのコミュニケーションなんて一切ありません。
こっちから話かけたりなんかしたら、「お客さん、ご覧の通り今忙しいんですよ」叱られそうです。

東京の新橋に勤めていたころ、やはり非常に安い床屋がありました。いつも混んでいる店でした。
会社が終わったあとに、同僚と行った時のことですが、
私が終わり、私より、随分後に始まった同僚を待つことになったのですが、すぐに終了したのです。
回転の早さが勝負のところにきて、閉店間際だったからでしょうか。
店を出て「随分、早かったな」と声をかけ同僚の方をちらっと見ると、
なんと襟足から雫がポタポタ、スーツの襟に垂れているのです。中途半端なドライヤーのせいです。
ここまでくると中途半端なんて、生半可な言葉じゃ済まされません。完璧な手抜きです。
しかし私、そんな同僚を指差し、路上に転げ回り、大爆笑したことを覚えています。

すぐ近所の床屋に行って、床屋の親父と世間話をしながら、ゆったりと散髪。
そんな昔の下町っぽい床屋のイメージはお客側も店側も段々と求めなくなってきているんでしょうね。
私を含め、せちがらい世の中、まだまだ進行中です。

(昨日、勉強に専念するとか言っておきながら、しっかり書いてるし・・・)
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