2013年07月01日

年金 わずか1日の差

(夫)弘さん38歳、(妻)美奈さん35歳、(子)雄大くん6歳、(子)夏奈ちゃん3歳。

よくある家族構成だと思いますが、こういった家庭で、
妻の美奈さんが亡くなった場合、それが来年、平成26年4月以降ならば、
夫に遺族基礎年金が支給されることになりました。
今までは奥さんが死亡した場合、一般的に残されるのはご主人と子になるわけで、
この場合、遺族基礎年金の支給はありませんでした。

妻である皆様方、亡くなるのであれば、その辺のところを心の片隅に留め、
家族のためにも、平成26年4月以降、法律施行日以降にお亡くなりください。
平成26年3月31日死亡と平成26年4月1日死亡では雲泥の差となります。


シーンと静まる病室で医師が懐中電灯で瞳孔を確認します。
「平成26年3月31日、午後11時38分、山田美奈さんご臨終です」
普通なら遺族たちは、ワッと泣き出すところです。
その場にいる、美奈さんの御両親、美奈さんの弟、
そして残された子供たちの雄大くん、夏奈ちゃん。
思いっきり声を出して泣いちゃってもいいんだよ、というその時、
夫の弘さんの一声で、皆が泣くことを制されてしまいます。
「先生、何を言ってるんですか! 妻は、美奈は死んでなんかいません。
バカなことを言わないでください」
「………お気持ちは察します。しかし、心肺および脳の死が確認されましたので」
「妻は、まだ生きてるんです。ほら、ほら、私に今、何か話しかけてきてますよ。
なんだ、美奈、声が小さくて聞きづらいよ、なんだい? なんて言ったんだい?」
弘さんは、美奈さんの口元に自分の耳を近づけます。
美奈さんの言うことが確認できたのか、うん、うん、時折うなずいたりします。
医師は、キョトンとしながら弘さんの行動を見つめます。
「分かったよ。それがおまえの最後の望みなんだな、分かった」
顔を美奈さんから離し、そこにいた美奈さんの弟を向き、言います。
「健治くん、悪いんだが、美奈がイチゴ大福を食べたいと言ってるんだ。
こんな時間だけど、探して、事情を説明して、手に入れてきてもらえないか」
言われた弟の健治さんは、当然うろたえます。しかし、
手にお金を握らされ有無を言わさず、「さぁ急いで」と病室から追い出されます。

時計は午後11時42分を指します。
弘さん以外は医師を含め、皆、呆然です。何が起きているのか理解できません。
泣いていいものやら、あるいは弘さんに問いかけていいものやら、
状況が飲み込めないのですから無理はありません。
弘さんはベッドに横たわる美奈さんの両手をギュッと握りしめ、
「頑張れ、イチゴ大福買ってきてくれるからな、待ってろ、死ぬな、頑張れ」

汗をかいていない美奈さんの額をハンカチで拭いてあげたり、
話しかけられてもいないのに、何やら美奈さんに返事をしたり、
ポカァーンと見つめているだけの他の者が、話しかけてくる隙を与えません。

午後11時58分を指す時計をチラッと見た後、弘さんは看護婦さんに尋ねます。
「この時計、2分くらい遅れてませんか? 私の時計は12時をまわったんですけど」
「………いえ。電子時計なので遅れるはずはないと思います」
「あぁ、そうですか、じゃあ私の時計の方ですね、きっと進んでるんでしょう」
腕時計を付けている右腕を、意味もなくクルクル回したりします。

そして壁にかかった電子時計が0時を過ぎたとき、
「美奈! 美奈! どうした美奈! うわー、美奈!
美奈が平成26年4月1日に死んじゃったよ。美奈ぁー、美奈ぁー!
先生、………美奈が。………死亡確認をお願いします」
医師は、ご主人がどんな理由でこんな奇妙な行動を取ったのかは別として、
何がしたかったのかは、なんとなく察すると思います。
「………ご主人、それは出来ない相談です」
後から事情を知った親類等から、大ひんしゅく買うこと間違いなしです。



作り話とはいえ、人の死を茶化して書くのはどうかとも思いましたが、
子供の加算額を含めると、月額で10万円以上支給される遺族基礎年金です。
せめて法律の施行日、平成26年4月1日であって欲しいと願うのも無理はありません。

わずか1日の違いで受給できなくなる年金って結構あるんです。

中高齢の寡婦加算は夫の死亡時に奥さんが40歳以上であることが求められます。
40歳以上かどうかで、月額5万円近くをもらえるかどうかが決定されます。

未亡人となった奥さんが20歳代か30歳以上かの違いで、
遺族厚生年金が5年のみの支給になるか、生涯の支給になるかの違いになります。

妻が亡くなった場合の夫に対する遺族厚生年金ですが、
妻の死亡時、夫の年齢は55歳以上であることが求められます。
長い間看護婦として頑張ってきた奥さんが、自分が54歳の時に亡くなってしまえば、
奥さんが長年掛けてきた厚生年金の保険料はまったくの無駄になります。

人の死は突然やってくるもので、都合よくコントロールは出来ません。
愛する伴侶を亡くしたばかりの頃は、そんなお金のことなんか考えもしませんが、
でもようやく気持ちが落ち着いた頃、
1日の違いで本来もらえるはずだった年金が、もらえない事実を知ったら、
さもしいことかもしれませんが、なんとなく納得できないのではないでしょうか。

しかし、逆のパターンも考えられます。
「奥さん、亡くなったって聞きました。まだお若いのに。本当にご愁傷様です」
「はい、平成26年4月1日に息を引き取りました。でも、ラッキーだったんです。
私も後で知ったんですけどね、もし妻が1日前の3月31日に死んでたら、一銭も年金が」
満面の笑顔で、滅茶苦茶はしゃいで語り出したら、これまた大ひんしゅくです。
posted by 貞吉 at 20:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。