2008年10月12日

行ってもいいよの事故

夕方の6時。交通量の多い交差点。信号は赤。
右折専用レーンには車が1台。ウィンカーを出し、信号が変わるのを待ってます。
この右折専用レーンにいる車は信号が青に変わっても、
直進してくる対向車が途切れるまで待たなくてはなりません。当然です。

さて、信号が青に変わります。
対向車線も右折専用レーンと直進レーンの片側2車線です。
先方の直進レーンは市街地から帰宅方向になるのか、ズラリと並んでいます。
おそらく右折するドライバーは、ぼんやりと、こう思うはずです。
『こりゃあ、信号が右折OKの矢印に変わるまでは行けそうにないなぁ』
シートに背をもたれます。運転の緊張が解けるひとときです。
そんな時にです。先方の直進レーンの先頭車からパッシングを受けたら。

シートから体を起こします。 「えっ?」
思いもしていなかったので、とまどいます。
するとまた、チャカチャカとパッシングしてきます。
「行っていいのか? 早く、行けってか?」

そういう時って、
『おぉ、それは、それは。じゃあ急いで行かさせていただきます』
ここで、もったりもったりしていると、その親切な先頭車が後ろに並ぶ車たちから、
「ビッビー。何やってんだよ。早く行け!」と怒られるはめになってしまうのです。
だから、「サンキュー」ピッとクラクションを鳴らし急発進、急加速で右折するはずです。
気持ちが、早く行かないと逆に迷惑を、この一点だけになってしまうと思うのです。

悲劇は、こういった状況で起きるのです。
対向車線をまたぎ終わろうとしたとき、横断歩道をゆっくりと渡るジイさんが………。
時すでに遅し。夕暮れ時で視界が悪かったことも災いし、
ジイさんを無惨にも、ひき殺してしまうのです。


断っておきますが、私の過去の実体験ではありません。
私は過去にジイさんをひき殺したことは、1度だってありません。
ジイさんがひき殺されてしまう事故なら、目の前で、何度も、何度も、
見てきた、そういうわけでもありません。
こういう落とし穴が待ち受けているかもしれないよ、ということです。

当然、ジイさんをひき殺してしまったドライバーは逮捕です。


私が思うのは、パッシングし、行けと促した先頭車のドライバーの気持ちです。
「おっ、隣の横断歩道をジイさんが渡り始めたぞ。
………ここは、右折したがっている、あの対向車に引き殺してもらおうか」
まさか、そんな怖ろしいことは、考えていないと思うのです。
ただ、ただ、親切心から「行ってもいいよ」と合図を出しただけのはずです。
でも、その結果、ジイさんがひき殺されてしまったわけです。
いったい、どんな気持ちになるのでしょうか。

警察で、事故の取調べの際に、ジイさんをひき殺したドライバーから、
「対向車線の先頭車が、早く行け、すぐ行け、とサインがあったので、それで……」
自分の存在が取りあげられることでしょう。
まさか、警察が自分を探し出して自分にも責任が、ということはないと思います。
でも、「自分のせいで、あのジイさんはひき殺された」
自分を責める感情は一生、消えないと思うのです。
悪いことをやったわけでもないのに、一生、重い気持ちにさせられるのです。
強いて言うなら、周囲の状況を見てパッシングをするべきなのかもしれません。


私もパッシングをした人と、同じ気持ちにさせられるようなことがありました。
信号のない横断歩道で、小学生が何人か渡りたそうにしていたので、
横断歩道の手前で車を止めました。
渡っていいのかな? 小学生と目があったので、
手で“どうぞ、行ってもいいよ”と合図したわけです。
ニコッと笑いながら小学生が渡り始めたのですが、しかし、
すごいスピードで走ってきた対向車、目もくれず横断歩道を通過して行ったのです。
ゾッとしました。もし、あれで小学生がひき殺されていたら………。
周囲の状況を、対向車にも充分に気を配ってあげないといけませんでした。
猛反省いたしました。


ところで、パッシングされて、断る合図ってあるんでしょうか。
「えっ、俺? ………いいよ、別に。 急いでなんかないし」
そんな人も、中にはいるのではないかと。
posted by 貞吉 at 14:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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