2013年03月11日

雪かき

気温も高くなり、ようやく春の気配を感じられるようになってきました。
どうやら、もう雪かきはしなくてすみそうです。

ところで、
「ひょっとして……… あなた、雪かきが好きなんですか?」
会社あるいは御家庭に、こういった方はいないでしょうか?

「今さっき、やったばかりじゃん」
というのに、またスコップを持って出て行く。
うちの父親がまさにそれなんです。
『………ある程度、積もってからでいいのに』
横着な私なんかは、そう思うわけです。

しかし、“さっき、やったばかり”を知らない母親、女房から、
「お父さんと一緒に雪かきしてあげなさいよ」
そういう冷たい目で見られるのです。

玄関前のコンクリート打ちの部分を、
雪がないのにスコップでガリガリ、ゴリゴリやるわけです。
「………積もってないですね。
………というより、さっき、やったばかりですもんね。
そんなに気になるなら、ほうきで掃いた方が早いかもしれませんよ。
雪も小降りですし、1時間おきにやらなくたって大丈夫ですって」
父親は憑り付かれたように、ガリガリ、ゴリゴリ。聞こえないようです。

暇を持て余した几帳面なお年寄り。これは結構タチが悪いです。
1人で雪かき遊びをする分には一向に構わないのですが、
巻き込まれる立場にある者は、たまったもんじゃありません。

これは私の想像なんですけど、几帳面な方の性格から、
やった! 完璧だ!
それはもう、何もそこまでという呆れるほど綺麗に雪かきをした場合、
「せっかく綺麗にしたのに、また雪が降ってきやがった」
まるで、雪をほこりの様に思っているのではないでしょうか。


「積もって固まっちゃうと始末が悪いんだ」
それは分かるんですが、ならば、せめて積もってからにしましょうよ。
気温も高いですし、屋根の上の雪だって溶け出してますよ。
ポタポタ、ポタポタ、ほら、結構な早さで溶けてますって。
薄く降り落ちる雪だって、すぐに溶けてなくなりますって。
……やるんですか? それでも、やると言うんですか。 ……そうですか。


雪だるまを作ろうと、外に出ていった息子が唖然とします。
「………雪がない」
雪は奇麗に庭の一角に山積みにされていました。
雪玉を転がして雪だるまを作ろうなんて、
我が家では数少ないチャンスしかないわけです。
posted by 貞吉 at 20:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月14日

TPP参加反対

TPPに参加して関税が撤廃されたら。

日本が作る物って、他国に比べると、
心が込められていて、安心で、良質であるように思えます。
生産者の皆様の、「物を作る」心構えというか真摯な姿勢の賜物と思います。
もし日本がTPPに参加して、輸出しやすい環境にると、
逆に海外の国から見た場合、日本の商品が輸入しやすい環境になると、
日本の良質な米や肉とか、海外で歓迎されるのは間違いないことでしょう。
それだけの物を、日本の生産者の方たちは作っているのですから。
価格が高くても、どの国にも富裕層という方たちがいるはずです。
「日本の商品は他の国に比べて値段は高いけれど、安全だし何よりおいしい」
日本ブランドというか、高い評価を勝ち取るのは間違いないと思うのです。

なぜ、農家の方や畜産関係の方たちが反対するのでしょうか。
そんな単純な話ではないのでしょうか。

私がTPP参加を反対するのは、それこそ言った通り単純であり、
日本の米や肉を食べられなくなってしまうのでは、という心配からです。
海外での評価が定着し、引く手あまたとなれば需要と供給の関係で、
当然、価格は高くなってしまうことでしょう。
「海外への出荷量が決まってるんで、なかなか国内には卸せないんだよ」
生産者から、そんな嬉しい悲鳴を聞かされる日がくるのではないでしょうか。

日本国内の消費者はというと、富裕層だけが国産の物を、
「やっぱり価格は高くなったけど、日本で作った物が一番だね」
なんて言いながら、誇らしげに食べることができるわけです。
低所得者層の私たち一般庶民は、
「TPP様々だね。米も肉も安く買えるようになったんだから」
なんて、強がりを言って喜んでいるふうを装っても、
「細長い米じゃなくて、たまには日本の米が食いてぇよ」
回転寿司の米も当然、国産物から輸入物に切り替えられるでしょう。
醤油をつけたら、急いで口に運ばないと、米に粘り気がないので、
シャリがくずれて、ぼたっとテーブルの上に崩れ落ちます。
「日本の豚肉で作った生姜焼き定食が食いてぇよ」
定食屋に行くと、各テーブルにハサミが置かれ、
ご自由にお使いください、なんて書かれているわけです。
ハサミで切ってから食べないと、食いちぎれないからです。

当店では国内産のお米を使っています。
低価格でこんな張り紙がされている店は要注意となります。
災害非常時用として備蓄されていた、消費期限が切れる寸前の米。
こんな古古古古古米が出される可能性もあります。


いずれにしても、日本の畑で丹精込めて作られた物が、
生産地に住んでいながら食べられなくなってしまう日。
MADE IN JAPANの復活は喜ばしいことですが、
一個人とすれば、寂しい思いをさせられるような気がしてなりません。
醤油、味噌まで国産物が手に入らくなったら地獄です。
posted by 貞吉 at 20:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

できるわけねぇだろ!

「第二艦隊、戦艦大和は、沖縄近海にある敵、輸送船団を全て撃滅すべし」
戦艦大和の艦長は、無謀な作戦だと分かっていても、
反論することはもちろん許されず、
無茶な命令を苦渋の面持ちで黙って聞くしかありません。
「敵、輸送船団を撃滅した後、沖縄本土に乗り上げ、敵兵と交戦すべし」
あまりにも現実を無視した指令に、ここで、たまらず声が出てしまいます。
「………ちょっと待ってください。
敵輸送船団を全て撃滅した後に沖縄本土に上陸とおっしゃられましたが、
当然、敵、輸送船団には多くの護衛戦艦がついているわけです。
敵輸送船団を全て、ということは護衛を含めた敵戦艦を、
全て殲滅させてからということをおっしゃられているのでしょうか」
「まぁ………そうだな。当然そういうことになるだろう」
「我が軍、大和に対して空軍からの援護はどれくらいあるのでしょう?」
「空軍からの援護? ない。援護はない。空からの援護は予定してない」
「空からの援護がない? ………お言葉ですが、この作戦が成功するとは」
「いや、いや。 ………天皇陛下が随分と期待されておる」
「………………。 いくら陛下が期待されているといえども」
「沖縄に上陸した際には、大和の砲弾をもって、本島を守って欲しい。
沖縄本島には取り残された我が軍、ならびに多くの民兵が待っている。
沖縄のここだ。 この地点に大和を座礁させてくれ。
再度、来襲してくるであろう敵軍の攻撃に対し、あらん限りの」
「………………………」
「おい、聞いておるのか!」


さて、時代は変わって現代。
上司から出される指示。その指示を聞いている途中で、
『バカなこと言ってんじゃねぇよ。そんなの1日でできるわけねぇじゃねぇか』
と、部下が思っているにもかかわらず、
「それでだな、もし時間が余ったら」
このくだりを聞かされた時点で無性に腹が立ってくると思われます。
『余るわけがねぇんだよ。余るどころか足らねぇんだって、終わらねぇって』
「時間が余ったら、会場づくりを早めにしておきたいんだ。
どうだろうか、だいたい1,000人くらいのお客様が来ると思うんだ。
それでだな、全員を着席させるのは無理だろうから、置けるだけ椅子を置いて、
椅子がなくなった時点で、後方部に簡単な仕切りを作って、立ち見席というか」

後半の指示なんていうのは、前半の指示をこなすことができたらの前提です。
前半の指示が無茶なものであって、こなせるかどうか疑問を思っているところに、
ぐだぐだ、ぐだぐだ、後半の指示を出されても聞く耳を持ちません。
「………………………」
「おい、聞いてるのか!」

「そんなの、できるわけねぇだろ!」
若い社員なら、ブチ切れてしまうのではないでしょうか。


大戦末期の日本軍の作戦は、無茶苦茶だったんだろうと思います。
しかし、時代が変わっても、指示を出す上司というか、お偉いさんは、
いっこうに改まることはありません。
戦時中の命令が、命令を出す方も、実現不可能と思いながら、
それでも敢えて命令を出さざるを得なかったのかどうか、それは知りません。
しかし、ねぎらいのない命令や指示を出した、その段階で、
戦争だったら敗けは決定するでしょうし、
会社だったら衰退の一途をたどるだけとなることでしょう。
やる気を起こさせるような、命令、指示の出し方を学ぶべきと思います。
posted by 貞吉 at 23:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月25日

収拾のつかない話

「自分の携帯がおかしいのかどうか、家のその電話を鳴らしてみただけだ」

父親と母親は親戚の夫婦と旅行に行くことになっていました。その当日です。
旅行に出かける前の父親は用意周到です。携帯電話の確認さえ怠りません。
父親いわく、
昨日、用があって母親の携帯に電話をかけたら、何故かつながらなかった。
それをさっき思い出し、自分の携帯がおかしいのか、母親の携帯がおかしいのか、
確認するために、まず自分の携帯で家の固定電話にかけてみた。
この説明を母親にしたのですが、母親は全く理解できなかったようです。

「私の携帯はちゃんと電源入ってるわよ。ほら。でも鳴らなかったわね」
「だから、鳴らなかったのは昨日のことで、今、母さんに電話なんかしてないよ」
「なにかしらね。それより今、そこの電話、ならなかった?」
「だから、お前の電話がおかしいのか、私の電話がおかしいのか、
確認するために固定電話に携帯からかけてみたんだって」
「山崎さんが迎えに来るっていう電話じゃなかったの? しかし、早すぎるわよね」
「だから、違うっつーの」
「なんで? 山崎さん、迎えに来る前に電話を寄こすって、言ってたべした」

「10時くらいって言ってたんだべ。まだ8時過ぎなんだよ」
「そんなの分からないべした。10時くらいっていうのは8時からお昼くらいの間じゃないの」
「なんでもいいけど、電話は私がかけたんだっつーの」
「えっ、なんで? なに言ってるの? お父さんがなんで家の電話にかけるのよ。
家の中にいて、自分の家に電話するバカなんて、どこにもいないでしょ」
「だから、壊れてないかを確かめたくて、電話したんだっつーの。分からない人だな。
だいたいが、迎えに行くよという電話なら、1回ならしただけで電話を切らないだろう」
「そうなの?」
「そうなのって、普通、そうだろう」
「山崎さんが、そう言ってたの?」
「いや、そんなのは知らないけれど、普通はそうするはずだっつーの。
そんな、イタズラ電話みたいなことするわけないだろう。
ちゃんと、つながって、今から家を出るからとか、今ここを通過したとか、
何か言ってくるだろうが」
「いや、今の電話は山崎さんからよ」


ここで、サプライズが起きます。
この会話の最中で、この絶妙なタイミングで山崎さんがやってきたのです。
「随分早くなっちゃったけど、迎えに来た」
「………山崎さん。さっき、電話寄こした?」
「行く前に電話するって言ったこと思い出して、かけたんだけど、
もうすぐだからイイヤと思って、切っちゃったよ。なんで? 電話が鳴った?」
「ほら、お父さん、山崎さんだったじゃない。全くもう、わけの分からないことを言って」
「なんだい、山崎さんも電話をかけたんかい?」
「なんだい、山崎さんもって? ワシはすぐに切ったぞい」
「いや、昨日な、母さんの携帯にかけたらつながらなかったのさ。
それを、さっき思い出して、自宅の、この固定電話に、自分の携帯が悪いのか、
母さんの携帯が悪いのか、確認の意味でかけてみたわけよ」
「何を言ってるんか、さっぱりだけど、ワシがかけたのは、あんたの携帯にだよ」
「えっ? この固定電話じゃなくて、私の携帯にかけたのかよ」
「そうだ。登録してあったのは、あんたの携帯の番号だったから」
「おかしいな。私の携帯は鳴らなかったぞ。やっぱり私の携帯がおかしいのかな」
「いやいや、登録ボタンを押してはみたけど、すぐに切ったから、
呼び出し音が鳴ったかどうかまでは分からんよ」
「あなた本当に携帯にかけたの? 発信履歴で見たらいいじゃないの」
山崎さんの奥さんが加わってきます。
「なんだい発信履歴って」
「自分が、どこに掛けたか分かるでしょう。どれ、貸してみなさいよ」
「いいよ、触るなって。ここそとばかりに人の携帯を」
「なによ、発信履歴を見られてまずいことでもあるの?」
「あるわけねぇべした。なんもねぇけど、別にいいべ」

もう、話がグッチャグッチャになって、誰が理解しているのかいないのか。


どうでもいい話に、長らくお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
しかし、なんで、こんなどうでもいい話が、おもしろい具合に、こじれていくのでしょうか。
私、途中まではイライラして聞いていたのですが、
だんだん、展開が楽しくなってきたので、つい聞き入っていました。
posted by 貞吉 at 23:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

雇用継続の義務化

定年退職の年齢を60歳に設定している会社は多いと思います。
60歳を迎えるにあたって思うことは人、様々だと思います。

振り返ってみれば、我ながら、よく頑張って働いてきたな。
定年退職となったら、念願のぶらり一人旅をしてやろう。
ひなびた温泉に1週間くらい滞在して、自然を満喫できたら最高だろうな。
毎日、趣味の庭いじりと、読書三昧といくか。
生活に余裕があれば、こんなことを思い描いている人も、中にはいるでしょう。

しかし、この4月以降、定年退職後の生活を夢見ていた人からすれば、
「まったく、余計なお世話の法律を作りやがって」
そんな法律が施行されます。改正高年齢者雇用安定法です。

60歳定年制を採用している会社でも、本人がまだ働きたいと希望すれば、
会社は65歳まで引き続き面倒を見なければならなくなります。
≪だったら、希望しなければいいじゃないの。
そうすれば、思惑通り、従来の定年退職という形で退職できるんでしょう?≫
確かにそうなんですが、しかし、果たして本人の希望が通るものでしょうか。

「ねぇ、あなた。会社に雇用継続の希望を出したんでしょう」
「う〜ん、どうしようかと、今、検討中だ」
「検討中? 何を言ってるのよ、働きなさいよ。
せっかく65歳まで働ける法律ができたんじゃないの。
タイミング的に考えて、これって、あなたのために作ってくれた法律なんじゃないの。
私、イヤァよ。定年後、毎日あなたと日中も一緒だなんて。
まだ元気なんだから、仮に給料が少なくなってもいいじゃないの。
だから、頑張って65歳まで働いてちょうだい。
もし、会社を辞めるなんて言ったら、………本気で離婚を考えますから」
奥さんから邪魔が入る可能性が大だと思うのです。
せっかく、のんびりと残りの人生を送れると思っていたのに、
女房の離婚を盾にした強い主張に、従わざるを得なくなることでしょう。
「おう、上等だ。会社を辞めるから、とっとと出て行け!」仮に離婚に応じると、
専業主婦だった妻に、これからもらえる年金の半分を持って行かれてしまいます。
これも法律で定められている年金の離婚分割です。
慣れない家事をこなす自信はないし、もらえる年金が半分になってしまうと、
一人旅どころではなくなってしまいます。
泣く泣く、会社に継続雇用の希望を申請せざるを得なくなるのです。

「人事課から話を聞いたよ。定年後も会社に残ってくれるんだってね」
雇用継続を希望申請した後、すぐに社長室に呼び出されます。
「あなたが残ってくれるとは助かるな。でっきり定年退職すると思ってたから。
早速なんだけどね、あなたには9月から北海道の旭川工場に行ってもらって、
安全衛生業務に是非、力を注いでもらいたいんだ」
なんだよ、残るのかよ。残りたいって言うのなら残ってもいいけど、
だったら単身赴任で北海道へ行ってもらうことになるからね。
こういった、会社側からのいやがらせも当然考えられます。
会社側としては、「やっぱり私、会社を辞めることにします」
この言葉を引き出したいわけです。

会社としては、本来、定年で10人の高齢者が会社を去り、
10人の若手を採用できたはずなのに、
10人の高齢者が会社に残れば、新入社員の採用人数を減らさざるをえません。
全部の会社が、そうだとは言いませんが、
できれば、「雇用継続は希望しません。会社を辞めます」と言ってくれないだろうか。
定年を迎える者と、会社側との、せめぎ合いが起こると思うのです。


改正高年齢者雇用安定法は、
年金の支給開始年齢が65歳に移行されている状況下で、
「60歳になって定年で会社を追い出され、
年金をもらえるまでの5年間、どうやって生活をしていけばいいんだ!」
政府としては、そういった国民の非難の声をはぐらかすため、また、
働きながら年金をもらう形に持ち込めば、年金と給与の額によっては、
年金の全部、あるいは一部を支給しなくて済む。
これこそ、一石二鳥の作戦なわけです。
対して、押し付けられた企業の方は、たまったもんじゃありません。
しかし、女房と会社の板ばさみになる60歳のお父様たちは、もっと、
たまったもんじゃない、つらい思いをさせられるのです。
高齢者に対する、カウンセラー業務が流行るだろうと思われます。

会社に残ったら残ったで、今までの部下と横並びの机に座らせられ、
今までの部下だった者が、自分の上司となって、指示を出してくるのです。
このストレスも大きく、のしかかってくることでしょう。
今まで管理職だった60歳のお父さんたちに聞きますが、
両面コピーを頼まれたら、うまくコピーすることができますか?
posted by 貞吉 at 20:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする